天王寺駅から和歌山県紀伊田辺市駅まで特急くろしおで約2時間。世界遺産に登録された熊野古道の中継地となる。乗客は白浜が主な目的地に見える。前の座席に陣取った4人が席を対面配置させながらにぎやかにおしゃべりを開始した。当然女の子であるのことはあなたにも想像できるでしょ。
この日紀伊田辺市で降りる乗客はわずかだ。それでも古道歩きを目的にする人らしき人物も見られる。今回の私の目的は古道歩きではない。二つの大社を参拝するのが今回の目的だ。すでに6月に出雲大社に参拝をすませている。別に神社マニアであるわけではないがここ何年か必ず神社には参拝する。その独特の雰囲気が好きなだけである。参拝しなくてもいい。そこにいるだけでも充分である。子供のころ神社の境内を遊び場にしていたことが今頃そうさせるのか、なぜか惹きつけられるものがある。
Kumano marine troop was so strong that the chief of the area, Kumano Bettou was wondering when he had an offer of help from the both side of Genpei-war, because he had relatives on the both side. So he decided to hear a hint from God of this shrine.



素朴な神社が好きだ。
そういう意味ではここ田辺市にある闘鶏神社はいい。まずここを参拝するのが今回の目的のひとつであった。今や私の友人であるBrett simpsonが教えてくれたのだ。彼はオーストラリア、ビクトリア市在住の武術家だ。日本の古流を伝承している。そういう意味で日本のことを実によく知っている。現在大いに刺激を受けている。
田辺市は弁慶ゆかりの地とされている。弁慶が実在した人物かどうかはわからない。しかし義経の従者としてよく知られ歌舞伎でも人気がある人物である。一説に熊野の別当・湛増の子が弁慶であるとされている。源平合戦の折、熊野水軍の力を必要とした両軍から援軍のオファーを受けた湛増は、源氏平家ともに縁者があったためかなり迷ったそうである。そこでここ闘鶏神社で神事をおこない神の声を聞こうとした。御神楽を奏して権現に伺いをたてると「白旗につけ」と仰せつかる。それでもなお疑って赤の鶏7羽と白の鶏7羽を権現の前で戦わせてみた。なんと1匹の赤も勝つことができなかった。これをもって熊野水軍は源氏につき壇ノ浦の合戦で源氏の勝利に貢献する。この故事から闘鶏神社とよばれるようになるが、もちろんこういう呼ばれ方は新しい時代のことなんだろう。

今回このあたりの話を宮司さんから直接説明していただいた。
話の途中ではっと思った。そういえば運動会の紅白合戦はこの源平合戦に由来するものだったんですね。
この年になって何も知らないものだな。
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