2010年7月31日土曜日

大阪中体連体操競技の部

小学生が中学生へ進学すると、それぞれ学校内のクラブに所属するようになります。運動部の話になりますが、陸上、野球、テニス、卓球、体操、水泳、柔道、剣道、サッカー、バスケット、バレーボール、私の中学時代は実にいろいろな運動部があったことを懐かしく思い出されます。しかし時代は変わり、今やこれほどの部活はどこにもない。子供自体が少ないわけだから仕方がない。それにしても古い時代、昭和が懐かしい。

さて、体操競技の話。先日、中体連の試合が二つありました。一つは近畿大会予選。もう一つは選手権1部といわれるもの。長らく体操のコーチをしているにもかかわらず中体連の試合は今回が初めて。体操部のある学校ならそれほど問題はないのですが、体操部のない学校なら体操を練習する生徒はいないのですから、この種の試合に参加する機会はほとんどありません。ところが体操部のない学校に通う体操競技経験者もいるわけです。そうするとこの子たちは中体連の試合に参加できないことになります。

ところが参加の道がありました。学校側にたとえ体操部がなくても、生徒自身が希望さえすれば学校は動いてくれます。手続きは少しわかりにくさはありますが、生徒本人がまず担任の先生によく相談をすることです。担任の先生が体操競技に詳しくないことがほとんどですが、大丈夫です。

2010年7月15日木曜日

梅雨空を吹き飛ばせ!幼児水泳教室

7月第3週、夏の恒例の行事である幼児水泳教室がはじまる。市民プールを利用しての4日間の教室は毎年10数名の小グループながらじつに楽しく効果的。なぜ効果的かというと、そこは屋外での開放感。たまらなく良い雰囲気をかもし出す。

そして今日、夜遅くから朝までかなりの雨がふる。午前9時半まで降り続いた。もう今日はだめかとあきらめていたら、西の空を見るとわずかに明るい。そこで現地で10時まで様子をみようということになる。

なんとこの決断がまさに的中し晴れてきたではありませんか。大喜びしたのは子供だけではありません。私たちコーチもお喜びです。市民プールのスタッフの皆さんも暖かく歓迎してくれます。

市民プールは私たちの貸切状態。じつにのびのびとレッスンを進められた。

顔を水につけるのはどんどん平気になり、もともと良くできる子はさらにビート板を使ってバタ足でかなりの距離を泳ぐ。

私たちの水泳教室はいつも笑顔であふれています。

これほど楽しい教室はないのではないでしょうか?




2010年7月5日月曜日

出雲市の夜は静か デンマーク戦の夜

あのワールドカップで日本がデンマークを降した歴史的な夜、何と島根県にいました。
ブログをはじめるにあたり何から書けば良いのか悩む。とにかく最近の出来事がいいだろう。少しブログの目的から離れるが、良しとしよう。

6月24日、出雲大社に参拝。最大級の本殿を見るのが目的だったが、残念なことに60年に一度といわれる大屋根の修復のために工事用シェルターにすっぽりと覆われてしまっていた。事前に調べず出かけてしまったわが身を責める。平成二十五年までかかるそうな。それでも出雲大社は特別な場所には違いない。資料室に入ると、千木の展示を見ることができた。かなりの数の銅鐸。名刀の数々。これはこれで満足である。拝殿の前の国旗もかなりな大きさで、晴れた空に広がる姿は晴れ晴れしく、それは感銘を受ける。やはりここは日本だな。

大きいものには、霊性を感じる。たとえば、伊勢や貴船の樹齢千年を超える杉など。出雲大社は、杜に囲まれた伊勢や貴船とは違う雰囲気をもっている。これはなんとか次に来るときは、神在祭の時に来なければと思う。拝殿で参拝後、稲佐の浜まで歩いてみる。この日は梅雨の中休みで見事に晴れだ。それはうれしいのだが、逆に少々暑い。ここで思わぬ発見。歌舞伎の元祖として有名な出雲の御国の墓がある。うかつにもまったく知らなかった。国道の土手をほんの少し上った寂しいところにあります。大社の巫女さんでかなりの美人であったそうな。

美人の巫女さんを想像しながら稲佐の浜へ。浜に唐突に突き出る岩が現れる。なぜここに岩が?自然にできたものか?古代の人が運んできたのか?そして古くから神の拠り代として崇められてきた。

浜にはバスの時刻表片手に一人旅らしい若い異人さん(ヨーロッパ系)しかいない。いつものことだけど片言英語で声をかける。

「ひとりで旅してるの?」
「時々ね」
「そうか、気をつけて、良い旅を」
「ありがとう」


かの人物は忙しそうで、今回はこれだけ。少し日が傾きかけたころだが日没までまだかなり時間がある。本数の少ない帰りのバスのことが気になり戻ることにした。